2018.4.10第257回定例会 講話「山口点景」 柴田眼治初代会長

開会に先立ち恒例の松前会長のご挨拶。今回は20名の参加でした。 そして今回は、昨年4月の定例会以来ちょうど1年振りに柴田先生にご講話いただきました。また講話に先立って先生より、気楽にビールなど飲みながら聞いて欲しいとのお申し出があり、一同喉を潤しながら拝聴しました。おそらく初めてのことではないでしょうか。なお、今年は明治維新150年ですが、柴田病院も開設40周年という節目の年だそうです。 演題の「山口点景」のお話では、まず、山口五社( 今八幡、山口大神宮、桜木神社、長野八幡宮、船山八幡宮 )の木馬の由来について。また龍福寺の池泉庭の水の引水地が「魚切」付近ではないかという私見を披露され、また風水の思想に基づいて作られた山口の街並み、象頭山を陽とすれば姫山は陰に当たること、萩藩の医学校・好生堂の場所、腑分けを行った大村益次郎と柊の刑場跡の関係、そして姫山伝説、と組めども尽きぬ先生の知識をご披露されました。 第二部では、戦艦大和の主砲方位盤射手であった美祢出身の村田元輝大尉の話、また山口市の旧柴田病院近くに居住されていた海軍松山第343飛行隊長の志賀淑雄少佐の話を詳しくされました。村田大尉は腰を悪くされ、西門前にあった旧柴田病院に来院されていたとのことです。また愛媛の海岸で引き上げられた紫電改の展示館訪問時のお話など非常に興味深いものでした。 そして懇親会に入る前に、あらためて三大さんの音頭で乾杯!です。 その後、いつものように近況報告を全員が行って、恒例の記念写真となりました。次回も奮ってご参加下さい。( Web担当 古谷記)